ニュース

2024.01.24

頚コリがなぜめまい、耳鳴りや起立性調節障害を起こすのか

めまい、耳鳴りの原因は耳ではなく頸静脈血量にある

人間の何気ない日常生活は姿勢と密接に関係しながら推移しています。あなたの頭の位置が心臓よりもかなり上にあるという事実を意識していなくても、当たり前のように血液が心臓から頭のてっぺんまで送り出されています。また逆立ちをすればコメカミの部分や頚部の静脈が浮き出て、血液が溜まってうっ血していきます。
頭に向かった動脈血は、脳表で毛細血管まで分かれて脳内に侵入して細胞たちに栄養や酸素を配給します。血液は脳内の老廃物を受け取って毛細血管から静脈系に流れていきます。それと同時に近年、このような微小循環系の外にも滲み出た液 (一般的にリンパ液という) の流れる微小な通路のようなものが存在することが解明されました。この通路を流れる神経細胞から排泄される異常タンパク (βアミロイド) の溜まりがアルツハイマー病ともかかわるということで今、大いに注目されています。電子顕微鏡的にはこの通路は明瞭なリンパ管構造として確認することはできないのですが、脳内の毛細血管周囲のスキ間はglymphatics (私としての訳は「グリア―リンパ系」) と呼ばれています。これは毛細血管やリンパ管とは別の形で流れ出て、脳外の頚部でリンパ液としてリンパ管内に流入します。この事実は地味ですが、神経病理学研究分野での最近の快挙で (文献1)、研究は現在も進行中です。

頚静脈イラスト上記の循環系統とは別に通常の毛細血管があり、合流しあって静脈となり頭蓋内で「静脈洞」という一時貯水池のような拡張しやすい血管内に溜まるという特徴があります。そこから流れ出た大量 (脳内からの約95%) の静脈血がさらに内頚静脈と呼ばれる通路を流れて頚静脈球部 (図1; jugular bulb) を通過する時に、めまいと耳鳴りにかかわる内耳のごく近くを通過することになります。この頚静脈球部は、図のように急角度でカーブする不思議な構造であり、球部は膨れたりしぼんだりするという奇妙な特徴があります。つまり心臓側の静脈圧が高いと血液は逆流して球部は膨らみ、低いと球部はしぼみます。その後、この静脈は内頚静脈という静脈本幹として脳底部の骨の穴を通って頭蓋外に出て、頚部を流れ落ちて心臓に戻ります。
この内頚静脈の血液量の増減は頭蓋内の血液量と密接にかかわります。つまり前のめりの姿勢は、内頚静脈を周囲から押さえつけることで血液を溜まりやすくさせている可能性が高いのです。そうなると内頚静脈はうっ血状態となり、頚静脈球部は膨隆します。その結果、微小循環と組織液に関するスターリングの法則*1により周りのリンパ液が血管外に流れ出ることで近接する内耳の管状構造内のリンパ液量が増加して圧力が高くなり、一時的な「めまい」「回転性のめまい」や「耳鳴り」のみならず耳閉感や「頭鳴り (ヅナリというそうです)」を引き起こすことが推定されます。
内耳は主に細い管がカタツムリの様にグルグル巻きになっている聴覚を司る構造と、3個のリングがXYZ軸に展開している平衡感覚を司る構造から成り、その中に満たされたリンパ液の波と圧の流れによって感覚を生み出している合併器官です。この内耳という器官の機能障害が実は頚部の姿勢と密接にかかわっているということが、私のこれまでの臨床経験、MRVと松井法による治療成績から浮かび上がってきたのです。端的に言えば頭と首の前のめり姿勢が原因で、めまいと耳鳴りが起こるということです。前のめり姿勢の結果として首コリ筋群 (先のコラムで説明したハエを目で追いかける時に使う奇跡の筋肉群です) が形成するストレートネックでなければ、めまいや耳鳴りは極めてまれにしか起きないのです。
静脈球部と内耳との密接な関係は、前のめり姿勢以外の場合でも障害の原因となることがあります。たとえば睡眠時の姿勢として仰向けでなくて、どちらかを下にして横臥で寝る方も多いでしょう。その時に高い音のキーンという耳鳴りが生じた経験はないでしょうか。東京脳神経センターでは頭部MRV検査により、内頚静脈系 (V) の血液量や逆流像をMRI画像から解析することができます。これまでの数百例のデータの蓄積から、このような耳鳴りは下にした側の耳側で静脈うっ滞が起こることが原因である可能性が考えられており、静脈球部の画像解析が今も進められています。
以上のことを踏まえると、座禅すわりならば首コリ症候群やめまい、耳鳴りは絶対起こらないと言っても過言ではありません。起立性調節障害もほとんど起こらないはずです。前のめり姿勢やソファ上でのダラッとしたリラックスすわりが頚部の静脈血下行を抑えてしまい、生じた頭蓋内の静脈うっ血が周囲組織をまるで水浸しのような状態にしているのです。この状態からの急激な姿勢の変化により「クラクラ感」「ふわふわ感」などのふらつき (dizziness) や、場合によって回転性のめまい (vertigo) が起こることになります。朝の起床時など頭部を急に動かす時にめまい発作が起こりやすいのはこういった理由からです。

めまいの診断と治療は体全体をみる

耳鼻科の先生方はよく「内耳のリンパ管内のリンパ液の急激な流れの変化が、内部の微小な耳石をはがすことでめまいが起こる」という仮説で説明します。一過性のめまいを「良性発作性頭位めまい症」なる長い病名で表します。しかしこの仮説には、はがれた耳石をどのように元の位置に戻すのかという疑問点が存在します。
さらに興味深いことにめまい症状の治療には、この仮説とは真逆のような方法が報告されています。耳鼻科の高橋正紘先生は「メニエール病に対する有酸素運動の効果」という論文の中で、上下運動と姿勢矯正を治療法として主張されています (文献2,3)。報告ではメニエール病と診断されていますが、症状からの突合せから推察するとメニエール症候群です。調査対象の患者さんの職業は事務業務系が中心で、真面目で仕事熱心な方々の生活習慣病のようであり、私の経験している首コリの患者さんたちとほぼ同様なのです。
めまいの診断と治療は体全体を診察、検査しなければ原因究明にはいたりません。東京脳神経センターでは、大脳皮質からのめまい (脳のMRI)、眼振検査、小脳検査、簡易視野検査、内耳平衡覚、重心バランス検査などをおこなっています。めまいで耳鼻科を受診すると内耳機能検査という一部のみの機能検査しか受けられないので、診断の範囲は限られてしまいます。
頚部の姿勢が前のめりで顎を引いた状態で仕事をする人は、よくよく自分を見つめ直してください。ほとんどのパソコン仕事、システムエンジニア、スマホ姿勢、事務系職員、料理関係の野菜切り、哺乳や育児姿勢、学生や教職員、ソファでのリラックス座りは頚に負担がかかります。これらの姿勢はホモサピエンスにとって相性の悪い姿勢なのです。ついでに言うと、足を組む姿勢もクセになってついついやってしまいますが、骨盤の複雑な関節関係をゆがめてしまうので避けるべきです。

 

図1 頚静脈球部の図 この図はヒトの右耳を外側から観察した内耳 (茶色の部分は蝸牛と三半規管) です。右が顔の前側、左は後ろ側です。渦巻の部位に外耳道と鼓膜があります。
出典: 宣保煕彦 他 編著, 臨床のための脳局所解剖学, 206頁, 中外医学社, 2006
文献1: Aspelund A et al. A dural lymphatic vascular system that drains brain interstitial fluid and macromolecules., J. Exp. Med. 2015; 212: 991-999.
文献2: 高橋正紘, メニエール病に対する有酸素運動の効果。めまいをみわける・治療する。294-299, 専門編集 内藤 泰, 2012.10.15出版, 中山書店
文献3: 高橋正紘, 生活指導と有酸素運動によるメニエール病の治療。Otol Jpn, 2010:20: 727-34.
*1:スターリングの法則とは微小循環系での血管内と血管外との間での物質のやり取りの法則です。動脈側の血液の栄養や酸素が細胞たちにいきわたります。静脈系の血液には細胞たちからの排せつ物や炭酸ガスが吸い込まれてくるという仕組みの法則です。

TOP