自律神経と不定愁訴
交感神経と副交感神経からなる自律神経は、2つの神経がお互いに反対し合うように働くのが特徴です。丁度「綱引き」や「シーソー」の様なバランスのイメージであり、学術的にはお互いが「拮抗しあう作用」といいます。心臓のドキドキ感、多汗、唾液分泌量の減少によるドライマウス、涙腺分泌減少によるドライアイ、皮膚温度の乱れ(逆上せや冷え症)、瞳孔の調節不良による眩しさ、などなどはすべて自律神経症状です。患者さんにはかみ砕いた表現で、交感神経は「昼間の神経、戦う神経」、副交感神経は「夜の神経、お休み神経」と伝えています。「心臓ドキドキ」、「まぶしさ」、「多汗」は交感神経。消化管の症状は主に副交感神経です。
自律神経の研究としては、上記の様に働く作用の神経(遠心性)作用については歴史的に詳しく研究されてきました。しかし末梢から中心に情報が伝わるという求心性の作用については、ようやく研究のスタートを切ったようなところです。生命の体内では様々な末梢組織からの微小な情報の蓄積が統合された結果として、様々な微妙な調整応答をしているはずですが、このような複雑系の解明はこれからの研究領域であり、自律神経障害治療法の開発は喫緊の課題です。
臨床の現場に目を向けますと、自律神経障害は不定愁訴という訴えへと形を変えて、医者泣かせの繰り言の様な違和感のある愚痴として患者さんの口から次々と出てきます。
たとえば台風などが原因で気圧が急に変化した場合や、気温が激変した場合などは、自律神経の求心線維(いわゆる感覚系)が微弱な刺激を受け続ける状態になります。気圧の低下によって眼球や鼻粘膜などの体の粘膜がミクロン単位で膨張することが原因です。身体が健康で十分な頑強性がある人は、これらの自然現象を無視できます。しかし調子を崩している人では耳の奥がガサゴソしたり、鼻がムズムズしたり、物が飲み込みにくかったりと、曰く言い難い症状に悩まされることになります。私たちはこれらの症状を「お天気症」と呼んでいます。その治療には松井法の他にも、漢方の五苓散も有効な場合があります。また中世のスイスの僧院で工夫されたある種のハーブのアロマが有効な患者さんもいます。ハーブや香辛料の香りにより自律神経の末梢求心線維を刺激することは治療に有効な可能性があります。こうした分野はこれから理論的に発展する必要があります。不眠症も首コリ症からくる自律神経障害としては大きな合併症です。痛みが原因で、今まで述べてきたようなさまざまな合併症を引き起こすこともわかってきています。
新型うつ
頸からくる全身倦怠感は厄介なもので、さまざまな精神症状、とりわけうつ症状を引き起こします。そして、恐ろしいことに自殺願望までに至ります。私の診察した4500人の患者さんにも、自殺念慮を抱いていた若者が5~6人おりました。福岡で担当した患者さんは特に自殺念慮が深刻でしたが、速やかに香川県観音寺にある松井病院に入院させることができました。当時の患者さんの母親の怯えた表情はいまだに忘れることができません。首コリから派生する神経症状がもたらした、大変厳しい経験でした。