前のめり姿勢と不定愁訴とは
頚コリ、肩コリ、頭痛以外の「不定愁訴」といわれている自律神経障害も頚部症状として現れます。読者の皆様、こうした訴えや症状は誰にでもあるのが当たり前と錯覚してしまっていませんか。大人なら誰でも、多かれ少なかれ日常的に悩まされているのは当たり前という誤った常識観念です。不定愁訴には後頚部と顔面との解剖学的関連構造で説明できるいわゆる「眼精疲労」も含まれます。さらにこういった症状は実は子供達にも現れ始めていますが、それが成長期の急激な身長の伸びに自律神経がついていけないことで起立時に起こる血圧維持不調に着目した診断名である「起立性調節障害」という外国語直訳の日本語診断名として誤解され、関連症状として定着しているのは大きな問題です。私の勤める東京脳神経センターは自律神経障害治療センターでもあります。このような症状には「頚性神経筋症候群」という正しい診断名を与えています。つまりこの症状は一般的な言葉で言い換えると「首コリ症候群」であり、松井理学療法により改善している現実を東京脳神経センターでは日々経験しているのです。
どなたでも10歳当時の姿勢は写真のような状態ですが、この子供(ご自分)は健全そのものです。しかし成長するうちに、段々と勉強、ゲーム、スマホなど様々な日常の姿勢がどんどん前のめりになって、肩コリ筋の負担、首コリ筋の負担となっていくのです。前回までのコラムで説明しましたように、「前のめり姿勢」は、ホモ サピエンスにはタブーの姿勢なのです。首コリ症候群はまさに「姿勢の生活習慣病」なのです。薬による治療は急場しのぎであり、本質的治療ではありません。
しかし当人たちは頸の姿勢にまったく頓着なしです。電車やバスの乗客の姿勢をご覧ください。私はこれらの景色を見る度に、いつもため息をつきます。頭痛や全身性疲労感、自律神経障害、ウツ、めまい、耳鳴りといった不定愁訴外来を開いている当センターには様々な訴えで患者様は来院されます。多くの患者様はさまざまな専門外来に出かけ、さまざまな薬を処方されたまま失望感を抱いて来院されます。私達はこうした患者様の行動形態をドクターショッピングと称して、同情申し上げているのです。なぜこのようなことになるかというと、現代医療は学会という組織により、専門性という縦割り分野が堀をめぐらすかのように互いの乗り入れを拒否する構造が形成されているからです。自身の専門の症状については答えられるけれど、いくつもの専門分野に絡まる複雑な症状については、明確な答えが出せず、異常なしとなってしまうのです。このような症状のひとつが自律神経障害なのです。そこで松井先生とわれわれスタッフたちは「自律神経障害治療学会」という組織を企画して立ち上げようと戦っていますが、なかなか難しいのです。
東京脳神経センターの初診の経過 ~ 30項目のアンケート
東京脳神経センターでは新患患者様が来院すると、30項目のアンケートに答えていただきます。これは松井先生が40年以上にわたる長い臨床経験から作り上げた30項目のアンケート票です (第5項目の「めまいの項目」に「耳鳴り」を追加すべきですが)。アンケートは当センターのウェブページに掲載されており、皆様にもご覧頂けます。受診の際には必須のアンケート票で、私達医師はこの数値で重症度を決めます。たとえば30項目中15-16以上あてはまる場合は入院の必要性がでてきます。入院とは「頭の重量負担を外すための寝転がる姿勢の維持と毎日2回の松井理学療法」を受けるメニューです。20以上当てはまる状態は、入院必須と判定される重症です。
ストレートネック
東京脳神経センターを受診されますと、頚部のレントゲン写真撮影と頚部MRIという頚椎、椎間板、頚髄の関係の診察を受けることになります。私の拝見した約4500人の患者様たちは多かれ少なかれストレートネックあるいは逆向きに弯曲していました。そして首の運動範囲がひどく制限され、前屈も後屈も十分にできません。これらの原因は「ハエを追っかける」首コリ筋の微小循環障害です。単純にゆったりと睡眠しただけでは、回復力が間に合わないのです。
ストレートネックの原因は頸椎という骨ではなく、首コリ筋の力です。約30種類の首コリ筋群は、4 kgもある頭部を自在に動かしてハエを追っかけるような運動をさせるほどの威力です。骨の並びなど簡単に変える力があります。これは病気ではなく、機能異常であり、復元力があります。私の患者様の中にも少数ですが、ストレートネックが改善している方もいます。首コリ症候群は「姿勢の生活習慣病」であるということです。
頚椎椎間板ヘルニア
MRI検査は頸椎骨と椎間板の関係を見る検査です。年齢に関係なく頚椎椎間板の変性、ヘルニア (椎間板突出) の方は多くいらっしゃいます。これらの変性は、自分の首に影響のあるケガやむち打ち症が原因なのです。「むち打ち症」を軽く見てはいけません。私の患者様の中にもたくさんいらっしゃいます。
頚部、肩部の筋肉のコリがあるということは、自分自身の前のめり姿勢が負担になっているということです。10時間以上もパソコン仕事をしなければならないという現代の過酷な労働条件が頸部と肩の筋肉、神経、骨組織全体の微小循環不全を引き起こします。からだに備わっている防御システムである侵害神経が異常を知らせるアラームを鳴らした結果が、重症な神経痛として表れるのです。産業医様たちはこうした業務環境の改善の指導をする必要があるのではないでしょうか。侵害神経については後述します。
後頚部と側頚部の触診
東京神経センターの患者様たちは診察の際には、必ず頚部の触診を受けることになります。首の後ろの部分から前部までの35箇所を、指圧の様に中指で押してゆきます。通常は「きもちよい」とか「くすぐったい」といった反応ですが、99%以上の患者様は痛みとして訴えます。私の経験では、約4500人の患者様のうち、圧痛点なしと診断したのはたった2人だけでした。圧痛があるということは、すなわち神経痛なのです。神経痛は簡単には治りません。
皆様にはなじみの薄い侵害神経について説明します。これは感覚神経の一種で、からだのあらゆる場所にまばらに分布しています。これはからだの最終的な防御システムであり、さまざまな原因で起こる体の異常を、痛みとして知らせる役割を担います。四十肩や、ぎっくり腰、激しい腹痛や頭痛などは、このアラーム神経によって引き起こされ、「神経痛」という当たり前の様な診断名を持ちます。ご存知のように、これはめったに治りません。しかしこの頚部の神経痛は、松井理学療法を適切に毎日行うことにより、一週間から10日で完治します。これはまさにミラクルなのです。
自律神経失調と自律神経検査法
首コリの患者様は頭痛に悩まされながら様々な自律神経異常の症状を表します。これは頚部の解剖学的構造に原因があります。太い総頚動脈と内頚静脈は互いに仲良く伴行し、副交感神経である迷走神経を巻き込んでいます。これらの3つの主要な構造が頚動脈鞘という筒のような袋に包まれています。こうした構造は極めて珍しいことです。からだの構造が出来上がっていくことを研究する分野は発生学といいますが、血管系と神経系はまったく違った発生過程をたどりますので、首が長くなっていることと深い関係があるのでしょう。この鞘は気管筋の筋膜が変化したものです。
この頚動脈鞘のすぐ後ろ、耳の後側に交感神経幹の先端部はあります。交感神経の途中には神経節と呼ばれる大事な中継点が数珠つなぎに腰まで連なっています。視床下部からの指令は頭から脊髄に伝わり、胸部と腰部の脊髄の交感神経センターからの神経はこのミニセンターに伝わります。各ミニセンターからは神経の束が体の各々のレベルに分布してはたらき、胸部から腹部の働きを調節し、情報集めもします。私たち人類は哺乳類に属しますが、哺乳類という名前は乳腺から来ています。人間は通常、乳房は1対です。しかし猫や犬、ネズミなどは多対性です。もっとすごい哺乳類ですと、胸からお腹にかけて多列の乳房を持つネズミもいます。交感神経は乳腺と密接にかかわっているように思われます。
一方、副交感神経は延髄および、排せつや性行為に関係する仙髄の2か所から別々に末梢に分布しています。迷走神経は延髄から太い神経の束が出て、頭のてっぺんから腹部のほぼ全体をカバーして、多彩な働きをします。一方こまごまと情報集めもします。私の診療経験から得られたもっとも重要な自律神経障害は、クタクタ疲れといえる全身倦怠感です。症状としては若者が昼間から横になろうとし、男性の場合は性欲減退が激しいです。周りの家族からはまるで仮病のように見えてしまい、軽視されることが多いです。症状が進行すると朝になっても起き上がれなくなって、起立性調節障害と診断されたりすると、周囲も事態の深刻さを認識し始めます。この複合的な症状はみるみる悪化していき、ひきこもりのような異常状態を引き起こしてしまいます。しかしこのような全身倦怠感も、低周波電気治療や遠赤外線治療といった適切な治療により数週間で95%ほどが改善されます。これは私の眼前で日々起こっている事実です。私が診る患者さんはスタッフ一丸となって治療にあたっており、症状が改善した時には思わず握手をしてしまうほどです。診察で忙しい毎日ですが、治療が楽しく感じられる瞬間です。
自律神経とは、名前の通り「自分の法律」で働くという意味です。いわば「自分勝手」の神経です。からだの健康状態は上で説明してきた二種類の自律神経の絶妙なバランスによって維持されています。首の姿勢が前のめりだと、このバランスが崩れてしまい、自律神経障害の症状を合併してしまうのです。このような障害は瞳孔機能検査とサーモグラフィーという皮膚の温度測定検査により客観的に数値化できます。当センターは自律神経ドックも備え、毎日新聞社から取材を受けて記事になっています (2020年1月29日付)。