超高齢化社会を迎えた日本において、動脈硬化性疾患や心筋梗塞や狭心症、脳梗塞などが原因で死亡する人の割合は、総死亡の23%を占めています。健康寿命の延伸を目指す上で、エビデンスに基づく動脈硬化の予防や治療の重要性を広く認知させることは必要不可欠といえます。今回の健康豆知識では第109回 日本栄養・食糧学会関東支部シンポジウムより、神戸学院大学栄養学部臨床栄養学部門/臨床検査学部門 藤岡 由夫氏による講演「栄養疫学エビデンスから考える脂質異常症の栄養指導方針」をご紹介します。
藤岡氏は疫学調査と臨床研究を同時に行う立場にあり、実際の現場でも投薬による治療の効果はもちろん出るが、やはり食事指導や食事介入をした時の方が、治療効果が発揮されるケースが多く、薬以上に日々の食生活の重要さを痛感している、と話します。その際の参考資料になるのが「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」です。
2022年に5年ぶりに改訂され、7月に発表された「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」の中で、特に注目してほしいのが「血清脂質」を分けて考える、ということです。コレステロールは「総コレステロール」「LDLコレーステロール(悪玉コレステロール)とレムナント」「HDLコレステロール(善玉コレステロール)」に分類でき、中性脂肪は「トリグリセライド」と「脂肪酸」に分けられます。コレステロールは基本的には日本人の食事中に平均290~340 mg程度含まれていますが、その全てが吸収されるわけではありません。また多くの人が誤解していますが、コレステロールは肝臓だけで作られるのではなく、全身で合成されることなども知っておいてください。ちなみに令和元年の国民健康・栄養調査によれば成人男性は1日平均366 mg、女性は317 mgのコレステロール摂取があると報告されていますが、これは米国の282 mgと比較しても高い数値になっています。背景には食生活の変化もありますが、日本人は卵料理を好む傾向にあるので、特に男性はコレステロール摂取量に注意すべきでしょう。
今回、改訂版ガイドラインでは「トリグリセライド(中性脂肪)」の基準値がはじめて設定されました。中性脂肪は食事中に50~70 g含まれ、そのほとんどが吸収されます。また肝臓や脂肪細胞でも合成され、炭水化物からも作られるという特徴があります。コレステロールはエネルギー源にならないので、細胞膜やホルモン、ビタミンDの原料として利用される他は、血液中や血管壁などに沈着・蓄積するか、胆汁酸として便から排出されるか、腸管から排泄されるという経路をたどります。一方で中性脂肪は、エネルギー源として利用され、脂肪細胞や肝臓、筋肉に蓄積するという異なる代謝経路を持ちます。
血清脂質の種類やそれぞれの特徴が解明されるなかで、トリグリセライドは食事摂取後に値が上昇するなどの変化が見られるものですが、空腹時または非空腹時でも値が高いと、将来冠動脈疾患や脳梗塞の発症に至るリスクも高くなることが国内の疫学調査で示されています。このため今回のガイドラインでは「空腹時の採血で150 ml/dl以上または随時採血(空腹時であると確認できない場合)で175 mg/dl以上を高TG血症と診断する」とされました。また、LDLコレステロールの上昇は将来の冠動脈疾患の発症や死亡リスクを引き上げますし、総コレステロールの上昇も将来の冠動脈疾患の発症や死亡と関連しています。またHDLコレステロールの低値は将来の冠動脈疾患の発症や死亡を予測しますが、逆に値が極端に高い場合は、冠動脈疾患の発症や脳梗塞による死亡リスクが高くなるという報告もあります。
また本ガイドラインでは、肥満症やメタボリックシンドロームの治療の基本は、生活習慣の改善によって過剰な体重と内臓脂肪を減少させることであるとされ、それは動脈硬化の予防に寄与するとしています。動脈硬化性疾患予防の食事法としては
1. 過食に注意し、適正な体重を維持する
2. 肉の脂身、動物脂、加工肉、鶏卵の大量摂取を避ける
3. 魚の摂取を増やし(オメガ3不飽和脂肪酸)、低脂肪乳製品を摂取する
4. 未精製穀類、緑黄色野菜、海藻、大豆製品、ナッツ類の摂取量を増やす
5. 糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含む加工食品の大量摂取を控える
6. アルコールの過剰摂取を控え、25 g/日以下に抑える
7. 食塩の摂取は6 g/日未満を目標にする
ことが示されています。ちなみにアルコールについては、ゼロにすべきというのが最新の疫学調査から得られた知見ではあるのですが、ギリギリの妥協点として25 g/日以下の設定になっています。「できるだけ減らしてほしい」というメッセージだと理解していただきたいです。
また、食事療法の一種として、プチ断食といったものも聞かれますが、摂取エネルギーを減らすと長生きするかどうか、動物実験で証明できても人間で証明することは難しく、病気別に調査したものを見ても有意差が出ているわけではありません。特に朝食を抜くことは弊害の方を指摘する論文の方が多くみられます。食事量を減らすと自ずとLDLも減少するので、食事の見直しによってLDLを減らす努力をすることは必要でしょう。
いずれにせよ脂質を管理することは明確なエビデンスを持つ動脈硬化の治療法に相当します。巷にはさまざまな食事療法に関する情報が溢れていますが、医療の立場からは血圧や糖代謝など包括的にリスクを考え、食事療法・運動療法・薬物療法を組み立てることが求められます。「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022」には地中海食、日本食、DASH食についても触れられており、特に日本食については「 肉の脂身や動物脂 (牛脂、ラード、バター)、加工肉を控え、大豆、魚、野菜、海藻、きのこ、果物、未精製穀類を取り合わせて食べる減塩した日本食パターンの食事は血清脂質を改善し、動脈硬化性疾患の予防が期待されるため推奨する」と明記されました。また本ガイドラインに対応した、医師や医療従事者が使える「動脈硬化性疾患発症予測・脂質管理目標設定アプリ」も開発リリースされています。これを使えば動脈硬化性疾患の10年以内の発症確率に基づく脂質管理目標設定が簡単にできるので、この辺りの情報も普及させていきたいです。