新型コロナ禍では、ウイルスから身を守る為に、腸内環境を整える「腸活」への関心が高まりました。腸内環境を良好に保つことは、便通だけでなく、免疫力や筋肉量、脳機能などにも恩恵があり、ウェルビーイングが実現されている地域の人々は、腸内の有用菌が多いという報告もあります。今回の健康豆知識では前回に引き続き、朝日新聞Reライフプロジェクト主催オンラインセミナー「ウェルビーイングのための腸活」より、京都府立医科大学大学院 生体免疫栄養学講座の内藤裕二教授の講演をご紹介します。
肉を食べれば、筋肉は合成できる?
最近は世の中が非常に単純化されていて、「筋肉が衰えてきたら肉を食べればいい」なんておっしゃる方もいますが、そんなに単純な問題ではありません。私達が外来で血液検査をして、アルブミン(血液中に含まれる中で最も多いタンパク質)が不足している患者さんが、肉を食べて改善した例はほとんどありません。そもそも肉を食べて筋肉を維持するという同化反応(アナボリック)が抑制されている状態では、いくらタンパク質を摂取しても筋肉が作られる事はないのです。年を取って痩せてしまったから、肉を食べればよいという発想は間違っています。
例えば、パプアニューギニアの高地には、炭水化物のサツマイモしか食べていない民族が暮らしております。彼らは、肉もタンパク質もほとんど摂取していないにもかかわらず、非常に隆々とした体つきをしています。近年の研究により、彼らの腸には非常に特殊な腸内細菌が存在しており、サツマイモからアミノ酸を作りだし、自分の筋肉としていることが解明されました。つまり、何を食べるかというより、自分自身の腸内環境の状態に合った食事を選んでいくことが極めて重要だと考えられるのです。
少し難しい話になりますが、パプアニューギニア人の腸内には、窒素固定細菌、ATP分泌細菌、尿素分解細菌、アンモニア利用細菌などといったアミノ酸を合成する細菌、いわゆる土壌菌のようなものが存在しています。これらの菌は、ウシやウマなどの草食動物の腸内にも存在しており、炭水化物からアミノ酸を生み出すことができるのです。
また、筋肉を作るためにタンパク質は必要ですが、必ずしも動物性のタンパク質が必要という訳ではないのです。確かに若いころは筋肉を作るための合成反応が強いので、肉を食べれば筋肉をつける事が出来ます。ただ高齢になるにつれて、この合成反応が弱くなってくるので、これを回復させない限り、筋肉は作ることはできないのです。原因はおそらく慢性炎症にあると言われていますが、タンパク質同化抵抗性については、まだまだ解明されていない部分も多く、世界中の学者たちが研究を進めている途上にあるわけです。
百寿者の腸に多い酪酸産生菌
京都府には、100歳以上の百寿者が全国平均の3倍以上多い京丹後市という町があります。ほとんどの方が寝たきりではなく、自分自身が生きていく上で必要な食べ物を自分で作っています。京丹後市の高齢者321人を対象とした調査では、握力が低下している方は28人、歩行速度が遅い方は7人。身体機能が低下している方は全体の約9%、インフルエンザや肺炎で入院した方は1.6%しかおらず、免疫力も優れていることが確認されています。
さらに、彼らと京都市内の方の腸内フローラを比較すると、京丹後市の方の腸内にはプロテオバクテリア門に分類される菌類が少なく、ファーミキューテス門の菌類が多いことが分かりました。プロテオバクテリア門はいわゆる悪玉菌であり、腸内に少ない方が良いとされています。フィンランドの国立大学の研究では、プロテオバクテリア門が多い人は疾患にかかりやすく、統計的には新型コロナウイルス感染症による死亡率が高い傾向にあることも確認されています。
さらに、京丹後市の方の腸内にはラクノスピラ菌と呼ばれる、酪酸を産生する菌が多いことも確認されました。酪酸は乳酸菌やビフィズス菌等とは異なる健康指標として注目を集めており、ラットを用いた最新研究では、酪酸が筋肉の遺伝子発現に影響を与え、加齢による筋委縮を抑制することが確認されています。またヒトにおいても、ラクノスピラ菌が多いほど筋肉量が多い傾向が確認されており、ラクノスピラ菌と筋肉量には正の相関があるのではと期待を集めています。
腸内細菌のエサ 食物繊維をもっと摂ろう
約1000種100兆個の腸内細菌からなる腸内フローラは、生まれた直後から色々な外的要因により、絶えず変化し続けています。ですので、短期間で腸活に取り組むというのではなく、長いスパンで継続して行うことが重要になってきます。また理想としては、高齢になってから何かを始めるというのではなく、若いうちからの積み重ねが大事になります。たとえば昨年オランダで発表された腸内フローラに関する論文にて、特に小児期の環境要因、幼年期にどういった食事をしたか、母親が妊娠中に太っていたか痩せていたか、喫煙の有無、生まれた時の体重などが、大人になった時の腸内フローラに大きな影響を与えることが報告され、注目を集めました。
京丹後市の方々の腸内にこうした有用菌が多い理由は、正確には分かっていません。ただ、彼らの食生活を見ると、全体的に海藻類や全粒穀類、葉野菜や根菜、豆類、イモ、果実などの摂取量が多く、こうした植物由来の様々な菌類が、多様な腸内フローラを作りだすことに貢献していると考えられます(グラフ)。
3大栄養素と言えば、炭水化物、脂質、タンパク質の3つであり、ここにビタミン、ミネラルを加えた5大栄養素は皆さんも良くご存知かと思います。ただ、ウェルビーイングの実現には、ここに食物繊維を加えることが非常に重要です。食物繊維とは、ヒトの消化酵素で分解されず腸内細菌のエサになる成分。野菜、果物、穀物、海藻、キノコ、豆類などに多く含まれており、腸内環境を維持する上で極めて重要な成分です。現在、日本人の食物繊維の摂取量は、1日あたり15 g程度と言われています。1950年代と比べると10 g近く減少しており、特に若年層での不足が目立ちます。
食物繊維は、腸内細菌のエサとなることでビフィズス菌をはじめとする善玉菌を体内で増やすことが分かっています。ビフィズス菌の増加要因は他にもいくつか考えられるのですが、少なくとも食物繊維を摂取すれば、腸内フローラの改善には大いに役立つ事は間違いありません。またラットを対象とした試験では、筋量が少ないサルコペニアモデルラットに、水溶性食物繊維を含む餌を摂取させると、ヒラメ筋や足底筋の筋量、握力が回復することも報告されており、小腸粘膜固有層における炎症細胞の減少や、骨格筋の維持にも寄与することが示唆されています。
さらに海外では、食物繊維の摂取量が多いほど、心疾患、糖尿病、大腸がんの死亡リスクが軽減されるという研究成果も報告されています。また、複数の研究結果を基にしたメタアナリシス解析から、脳卒中、胃がん、乳がん、循環器系疾患の予防にも役立つことも分かっています。多くの国では、1日あたり24~29 gの食物繊維を摂取することが推奨されていますが、残念なことに日本人のほとんどはこの基準に達しておらず、食生活の改善が求められているのです(※厚生労働省の「食事摂取基準2020年版」では、成人男女の食物繊維の摂取目安量は女性18 g以上、男性21 g以上)。