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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載13

自己とは?非自己とは?(13)

今回では「妊娠とABO式血液型不適合」「妊娠とRh式血液型不適合」「妊娠と代理妻」の問題をとりあげます。前回の説明は「移植」に関するものでした。一般的に「移植」は良いことであるという常識があります。しかし、日本では死体臓器移植医療は、国際的に発展している割には国内では遅々として進んでいないというのが現況です。

移植医療についての諸問題

筆者が今から約35年前に留学していたスイスのバーゼル大学はヨーロッパの救急医療ならびに臓器移植センターの一つであり、当たり前の様にドクターヘリが発着するようなところでした。

大きなバーゼル県立(カントン)大学病院の屋上にはヘリポートがあり、その直下の階にはいくつもの手術場がありました。この直下の手術場はヘリコプターで救急に送られてきた臓器を移植する場合と、一方で脳死となった救急患者の臓器摘出の場でもあったのです。

日本人の麻酔科の知人から、「今日の手術はワンウェイオペ(one way)や」とやや自嘲的にいうことを時々聞かされました。これは臓器摘出でその人の命はおしまいという手術であることは明々白々でした。

ということは、取り出された臓器は再び階上のヘリポートから必要とする医療センターへ送られる運命にあったのです。この経過の間には、膨大な医学情報と医療費の錯綜することはまちがいない事実でした。

日本で死体臓器移植が定着しないのは、ボディとマインドの分離が出来ていないという宗教的な事柄から来る一種の躊躇からかと思っています。ドライに考えにくい日本人の「魂」の問題が移植医療を「是」としない気分は確かに底流としてあると感じます。このことからか死体臓器の提供が大変不足しているという現状があります。

ところで、手元の国民健康保険被保険者証の裏を確認しますと、有効期限平成22年、23年の発行証には「注意事項」の記載があるだけです。ところが、平成24年、25年の発行証の裏面にはご存知のように「臓器移植提供に関する」署名欄が存在します。

これは欧米にみられる「車の運転免許証」にある署名欄を真似たものでしょう。これに署名すれば、臓器提供の意思があるというものです。ある欧米の国では、脳死の場合は法律で臓器提供が義務付けられているという国もあるほどです。

臓器提供は日本国医療レベルの向上を目途としていることは明らかでしょう。提供臓器の払底している現状で、日本人が外国に行って臓器を買いあさるという現実、どうしてもわが子を死なせたくないという親のエゴともなんともいえないヒューマニズムのマスコミ宣伝、膨大な金額の寄付などさまざまな問題のあるこの医療行為は真の医療行為であろうかと自問自答の日々であります。一方で、小児虐待と臓器提供ビジネスという問題が湧きあがっていることも事実です。

ここで筆者の考えを表明しておいた方が良さそうです。筆者は基本的に臓器移植には反対です。一人の運命は親から授かったもので終わるべきです。なぜなら、この医療行為は他人の命を奪うことあるいは他人の臓器をもらい受けるという事実だからです。

ヒトにはそのような権利は存在しないはずだからです。払底している臓器をどのような基準で順番を作成して臓器提供することが出来るのでしょう。以上は私的意見ですので、一笑に付して構いません。

日本では、生体臓器移植が一般的でしょう。腎臓移植の場合、からだには二つあるわけですから、片方を移植することで二人が生きていけるはずです。また肝臓は左右の大きな部分があるので、半分を切り離して部分移植が可能です。

しかし心臓移植、膵臓移植には困ってしまいます。場合によっては糖尿病患者に対するランゲルハンス島移植あるいは他の場合の副甲状腺移植など、現代医療はほとんど不可能ということが無いほどに発達しています。

臓器移植と全く発想の異なる再生医療は、移植ではないという点で可能性が広がります。自己そのものの細胞を「先祖がえり」(iPS誘導型多能性幹細胞作成技術 京都大学山中教授)させてさまざまな細胞に作り替えて本人に移植するというものです。しかし、実用化するにはまだまだ長い年月がかかりそうです。

妊娠とABO式血液型不適合

母体と赤ちゃん(胎児)との関係はお母さんが巧みに造りだした胎盤という臓器が胎児の維持と自己非自己の防波堤となります。この一見矛盾するような状況で、母体は半自己である胎児を10ヶ月間の寛容状態として受けいれているのです。

母体は胎児の抗原物質に対して抗体産生をしています。この主な抗体は胎盤を通過できない大型のIgM抗体ですが、胎盤通過性のIgG抗体もあります。主なIgM抗体では胎児の体に影響は少ないようになっています。

ABO式血液型はメンデルの優劣の法則に従って形質の遺伝が行われます。たとえばA型の夫とB型の妻の場合、胎児は4種類の血液型になる可能性があります。B型の妻にA型の胎児が宿るということは、母親にはA型の抗体が存在しているわけです。

これが胎児に入ってしまうとII型アレルギーが起こって、大変危険な関係となります。しかし、胎盤がIgMであるA型抗体の侵入に対して強力な防波堤となっています。

しかし前述のようにIgG型の抗体も存在しており、胎盤を通過して胎児の赤血球を破壊することになります。こうなると胎児の赤血球は減少して、貧血となります。さらに赤血球が壊れる(溶血)と、ヘモグロビン色素の変化した胆汁が産生されることになり、新生児溶血性黄疸となります。胎児のほうのB型抗体産生は未熟であり、母親に対しては問題となりません。

結局、「分娩後の生理学的黄疸」といわれている黄疸は「生理学的ではなくて」、約一週間で軽快していきます。したがって、これはII型アレルギーの病理学的黄疸なのです。

妊娠とRh式血液型不適合

献血を経験した方なら、Rh式血液型はなじみがあることでしょう。1939年に米国でO型の夫人患者にO型の夫の血液を輸血したところひどい溶血反応を起しました。この夫人は丁度新生児溶血黄疸の子をなくしたばかりでした。

つまり、この夫人は妊娠中にRh抗体を産生したために、胎児の赤血球がII型アレルギーを起して溶血したのです。夫人のRh抗体を持った血液中に夫のRh(+)の赤血球が輸血されたために、激しい溶血が起こったのです。

同じ頃、ABO式血液型を発見したランドスタイナー達はサル(Rhesus)の赤血球に対する動物の抗体を発見していました。この抗体でヒトの赤血球を調べていたところ、上記の夫人の血清中にある抗体はサルの赤血球と反応することがわかりました。米国人では15%ものRh陰性者が認められました。日本人ではRh陰性者は0.5%程度と少ないです。

Rh(-)の女性はRh(+)の男性との結婚の際には、上記の事をしっかり理解しておく必要がありましょう。一度目のお子さんはおおむね大丈夫でしょうが、二度目の赤ちゃんの場合、新生児溶血性貧血ならびに重症黄疸に気をつけなければなりません。現れかたとして習慣性流産、つまり子宝に恵まれないという状況です。

習慣性流産の原因は、これ以外にたくさんあるわけですから、専門医に相談して原因をはっきりさせておく必要があります。

Rh式血液型不適合といいましても、打つ手が無いわけではありません。1960年代に完成した治療法として、抗Rh抗体(ガンマグロブリン)製剤があります。これをRh(-)のご夫人に予防注射することで、赤ちゃん誕生となる確率は極めて高いといわれています。

このような抗体のことを、専門的に遮断抗体といいます(註)。これらの抗体が胎盤での胎児の寛容状態の維持にかかわっていると考えられています。こうした地道な研究が、白血球抗原(HLA)つまり自己同定抗原(指紋のようなもの個人識別物質)の研究に展開していきます。

妊娠と代理妻

女性のからだは将に神秘的といえましょう。胎児と胎盤の関係について自己と非自己関係はすでに述べました。子宮の内膜組織につきましても免疫学的寛容状況が造りだされていると考えられます。

いまからおよそ30年前、1978年にイギリスではじめて体外受精による試験管ベービーが誕生しました。この場合、ご夫人本人の卵子を取り出して試験管レベルで夫の精子を受精させて、本人の子宮内膜に着床させたのです。

ところが、その後におきたことは代理妻ということになります。ご夫人本人と全く関係の無い受精卵を月経直前の子宮内膜に着床させて、受精卵の維持が可能となり、分娩となるのです。実際に起こっている事をイメージしますと、神をも怒らしめるような行為におもえてなりません。

結婚せずに、精子バンクからのカクテル精子と自分の卵子を体外で受精させ、自分の子宮内膜に着床させるという事実。結婚観、初夜観、母子の関係、家族観、さまざまな伝統的な人間社会の将来観など、思いもよらない方向に進んでいかなければ良いのですが。ここで年寄りがひとり賢明に妄想に浸っている状況でしょうか。

註:ウィントローブ 柴田 昭監訳 血液学の源流 II 687-689 1982 西村書店

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

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