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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載1

自己とは?非自己とは?(1)

突然、禅問答のようになってしまいました。しかし、これは免疫学の行きついた境地であり、今日の生体防御論いいかえると「炎症と免疫」の根本概念です。何も難しいことではなく、この意味することとは高等生物は生物学的に極めて自分勝手(自己の確立)であり、独善的なのです。

社会学的には、今日の日本のみならずグローバルに上から下まで自分勝手さが横行して目に余るのは筆者だけではないでしょう。私達の日常のさりげない行いの中にさまざまな自分勝手さが横行しています。

「歩きながら」、「自転車乗車中」あるいは「自動車運転中」の携帯電話いじりは、傍で見ていてヒヤヒヤ物です。電車の中でゲーム器に没頭している姿には子どもから大人までよく見かけることです。

こうした行動形態の行き過ぎに対して「マスターベーション」とまで酷評する御仁がいるとかいないとか。まさに周りのことなどお構いなしで、「自己の確立とは自分勝手と見つけたり」かも知れません。

妊娠とは

生物現象もまさにこのとおりで、高等生物の本質は「自己の確立」です。これは各個人の生後直後に体内で起こります。ということは、受精と妊娠そして分娩という生命現象と密接にかかわっているのです。びっくりするかもしれませんが、妊娠という現象は「自己と非自己の関係」という面で見ますと大変恐るべき出来事なのです。

そもそも、結婚とは他人同士が一体となることにほかなりません。つまり「非自己」同士の結合した結果が妊娠ですから、当然母体に宿った赤ちゃんになるべき生命体は母体にとって半分「非自己」であることは「いわずもがな」です。つまり妊娠とは夫たる「半分の非自己移植」といっても過言ではありません。

母体と胎児は子宮内膜に「毛細血管網」の食い込んだ組織(胎盤)というコンセントみたいな臓器によって連結しています。その境い目は毛細血管のうすい膜ともいってよい構造です。

スペースシップとスペースシャトルとのドッキングよりもはるかに精妙なかかわりあいで、互いに邪魔にならないように必要最小限の物質のやりとりをして「10月(トツキ)と10日(トウカ)」を互いに我慢しあうのです。

この間の現象のことを免疫学の専門用語で「寛容」といい、人間関係の社会学用語そのままです。そして分娩という待望の赤ちゃん誕生の瞬間は、免疫学専門用語ではなんと「拒絶」という「いとも無愛想な」社会学用語となってしまいます。

妊娠免疫学は大変興味深い専門分野です。上記のできごとは一般の結婚を前提とした妊娠ですが、今から30年前に勇気ある医師が行った「体外受精からの妊娠、出産」という医療行為は、その後の動かしがたい多大な成果によりノーベル賞に値すると評価されたことはいまだ耳に新しいことです。

そしてその結果、今日では恐るべき事態になっていることは皆さんもご存知でしょう。「非自己同士の受精卵」をそのまた非自己の母体になる子宮内膜に着床させて妊娠させるという事実です。どうしても赤ちゃんが欲しいという切なる女性の気持ちは分からないわけではありません。

母体と胎児

ところで、妊娠中に母体と胎児の間には、互いの生体防御的(免疫学的)に何が起こっているのか、大変興味深いです。動物実験のレベルでは、古くから多くの研究がなされてきました。妊娠中の胎児は「自己」の確立は不十分で、母体の「非自己」から拒絶されない現象がわかっていました。

たとえば一度の妊娠でたくさん生まれる動物の赤ちゃん達は、妊娠中は互いに勝手な関係ではなく「融通しあえる」からだなのです。体内の赤ちゃん達の体内で発達中の免疫細胞たちは大人の免疫系に比べると大変に未熟です。「おみこしわっしょい」の細胞たちは数も少なく、「よちよち」歩きといってもよいでしょう。

ですから妊娠中のある時期までは「自己」の確立がないので、お互い同士の臓器移植が可能であります。この現象のことをギリシャ神話に出てくる「キメラ」という「火を吹く怪物くん」の名前で表現しています。

この怪物くんは「頭がライオン、胴体が羊、龍の尾」だそうです。ある研究者は実際このようになるような実験を行っています。胎児期のトリ、ネズミのからだから一部の組織を取ってきて、今までに見たこともないような動物を創造してしまいました。

胎児の間に、「自己」の確立が発達してくるようで、その時期を有名な免疫学者の名前を取って「メダワーの臨界点」と呼んでいます。しかし「自己」の確立は、生後間もない時期の胸腺内で起こります。

胸腺は、名前の通りに胸の奥にあります。心臓を包む袋の少し上に位置している臓器で、生まれる前は胎児の中でも最も大きな臓器ともいえるものですが、生後直後に一挙に縮小(腿縮)します。胸腺の中で起こるこの大変化が、「非自己」だけ反応できる「生後の免疫バランス」を形成していきます。

自己物質とは

からだの細胞の表面には「自己の目印」が多数の複合たんぱく質として存在します。たとえとして「細胞表面の指紋」とも呼ばれます。天文学的に多様で、地球上の60億人はお互いに全く一致することはありません。タンパク質ですから、遺伝子に規定されています。遺伝子ということは、読者の自分という「自己」は両親の遺伝子と半分類似しているといえましょう。

しかし、自己物質はからだのすべての細胞にあらわれているわけではありません。常時約20兆個もある膨大な数の赤血球の表面にはこの自己物質はわずかしかありません。これは赤血球という成熟(分化といいます)して酸素の運び屋に特化した細胞ですから。ABO式の血液型を決めている糖タンパクやRh式血液型などが赤血球表面に現れています。

これらの主な血液型さえ一致していれば、「非自己の赤血球」を輸血しても臨床的には特に問題ないといえます。血液型や輸血は医療上大変重要なことですし、読者のみなさんにとっても知っておかれた方がよろしいので、別章でお話しする予定です。

赤血球以外の細胞表面には多かれ少なかれ「自己」物質が看板を掲げていますので、臓器移植が輸血のように簡単には行えないのです。一卵性双生児は例外です。臓器移植の際には、なるべく「自己」同士がマッチしていないとなりません。

しかし骨髄移植では、他人様の免疫細胞が「自己」になりかわってしまうので、「自己の臓器」が他人様になってしまうことになります。ですから、骨髄移植の患者さんではもともとの血液型が、骨髄移植後に他人様の血液型に変わってしまう場合があります。

白血病治療で骨髄移植を受けた有名な歌舞伎役者さんも大丈夫なのです。移植についても別章で詳しくそしてわかりやすくおはなししましょう。内容がすこし込みってしまいましたので、このあたりで次回のお話とさせていただきます。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

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