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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

掲載2

からだの防御システム(2)

前回に生体防御(いわゆる自然治癒力)システムの主力部隊は免疫を担う膨大な数の細胞たちのバランスであることを強調しました。

その内容を詳しく述べようとしていた矢先に、今回世界を震撼させた新型インフルエンザウィルス(以下新型インフルと略します)の流行感染がありました。

いまだ過去形にはなっておりませんが、ようやく沈静化を見せつつあります。感染に対するからだの側の抵抗力とはまさに生体防御そのものです。

この場合には免疫バランスの中でとくに外からの病気に対して抵抗する免疫担当細胞のはたらきが優勢になっている状態です。この状態は免疫バランスという点で決して好ましい状態ではなく、いわば台風状態といえます。このことについては後に述べていきます。

豚インフルエンザウィルス

さまざまなメデイアの報道では、はじめメキシコのある地方の豚インフルエンザウィルスがヒトに感染して、蔓延しているというものでした。

一方、変異型鶏インフルエンザウィルスの養鶏場内での爆発的な感染がこの数年という短い間に畜産食料品汚染ならびに健康危害という面で大問題となりました。

特別な変異型ウィルスは強毒性で、ヒトに感染すると世界的大流行となるであろうと世界保健機構(WHO)が中心となってグローバルな対策がとられて久しいところです。

感染症の強毒性ということは、ウィルスに原因があるというよりも免疫バランスの台風状態がひき起こされているということです。これは冒頭に述べたことにかかわります。

免疫バランスを形成している細胞たちの調節がうまくいかなくなると、細胞たちが自分勝手に様々な物質を分泌してしまいます。これらの物質のことをサイトカインと総称しています。

このような台風状態をサイトカインストームといい、まさにサイトカインの台風状態となり、自らのからだをこわすことになってしまう致命的な結果となります。

なぜ、変異型がこわいのでしょう。ここにはいくつかの問題点があります。もともとウィルスというものは様々な細胞に寄生しなければ、生きていけないものです。

したがっていわゆる生物として扱うことは出来ません。ウィルスと細胞との間にはかなり厳密な関係があります。一般的にいうと「好き嫌いのたぐい」ですが、科学的にいうと「親和性」や「特異性」といったことになります。

鶏の細胞とインフルエンザウィルスとの関係、豚の細胞とインフルエンザウィルスとの関係、あるいはヒトの細胞とインフルエンザウィルスとの関係がそのようにほぼ厳密な原則があります。

ところがこの厳密な関係はウィルス表面の一部が変化するとこわれてしまい、動物種をこえて寄生してしまうことが起こります。こうしたことはエイズウィルスでおこり、SARSウィルスでも起こったために、変異型のウィルスは人類に脅威を与える存在になってきたのです。

ヒトに感染するウィルスはヒトの細胞と特定な関係にあります。これはウィルスの表面物質あるいは構成成分とヒトをはじめとする細胞表面との関係にほかなりません。たとえば、イボウィルスは皮膚や膣などの上皮細胞たちにしか感染しません。

ヘルペスウィルスには唇の細胞だけに感染する種類と、性器の上皮細胞たちに感染する種類では異なります。B型肝炎ウィルスあるいはC型肝炎ウィルスはお もに肝細胞に感染します。エイズウィルスは免疫を担う重要なTリンパ球のヘルパー(お助け)T細胞と強い親和性があります。

これらのウィルスを排除するには、免疫にかかわる細胞たちのはたらきが最終的な防衛武器の抗体産生にいたるわけです。しかし、抗体はウィルスが細胞外にいる時しか攻撃できません。

ウィルスが細胞内に寄生しているときは、Tリンパ球や特殊な殺し屋細胞たちの助けが必要です。これらの複雑なしくみについては改めて詳しく述べなければなりません。

今回の豚インフルにかかわる報道では、変異型豚インフルから突然のように「新型」インフルエンザとした理由には、鶏肉汚染に似た豚肉汚染の誤解をなるべ く速やかに避けたかったのではないかと考えられます。経済的なダメージもさることながら、群集心理による”特有なパニック状況”を回避するという点では正 しい選択であったと感じます。

新型インフル

今回の流行のしかたは、通常のインフルエンザウィルスと大変異なるように感じます。感染対象が主に若者であるという点が特徴的です。飛沫感染あるいは呼気感染の感染力が極めて高い点が注目されます。感染拡大の時期が冬季ではなく春であるという点です。

その後の実態調査で病原性が致死的ではないという判断が下されたにも関わらず、世界保健機構(WHO)の危険段階評価は最高位のフェーズ6にランクされ ました。グローバルな経済的ならびに社会的に膨大な影響を与える可能性高かろうとも、現実として南半球にも広がったことを受けての判断と考えます。

しかし、それにしてもさまざまな人の集まる状況が避けられてしまいました。観光関連やサービス産業におよぼす手痛さははかりしれず、今後のボデイーブローのような痛手が懸念されます。

今回のウィルスの伝染経路は、ヒトからヒトへの呼気レベルの空気感染という印象を持ちます。飛行機のキャビン内や高校生の屋内競技会が感染現場であった と推察されることがヒントです。かならずしもクシャミなどのことではなく、会話程度の接触で感染したのではないかと推察されるからです。

飛沫感染を防ぐにはマスクは有用でしょうが、ウィルスを排除するという意味ではどのように目の細かい繊維で出来た素材でもウィルスの大きさを防ぐことは 出来ないでしょう。むしろ息が出来なくて窒息してしまうかもしれません。花粉症対策の効能とウィルス防御とを混同しないほうが良いでしょう。

ウィルス対策のマスクの効用は、口をマスクで閉じることが気道系粘膜の湿り気を維持することになり、このようなより湿潤な環境がウィルスの上皮細胞感染、侵入を防いでいると考えられています。

感染経路を断つには、ヒトとヒトの距離つまり人口密度を低くする(隔離)ことが最大の対策でありましょう。大変なストレスですが、学校や仕事場の閉鎖しかなかったはずです。

ところで通常のインフルエンザウィルス感染が冬季に老人や乳幼児に主に感染するのに対して、新型インフルは春の時期に若年から中年の一般的にはより健康 な人々に多く感染しているという事実の中に、新型インフルに対する感染防御について免疫学的に重要なヒントが隠されているように思えます。アメリカのアト ランタにある疾病対策センター(Center of Disease Control=CDC)の先端的な分析結果の発表が待たれます。

ワクチンの免疫学的意義

ところで、インフルエンザウィルスは毎年流行しているのに、なぜ何度もかかってしまうのかという疑問があります。今回は何故「新型」などと呼ぶのでしょうか。このウィルスの表面の部分に特徴があります。

インフルエンザウィルスの分類に「NH」に数字があります。これら使ってこのウィルスの分類をしています。細かいことは今回省きますが、この分子の種類に対応して、ヒトの免疫系は抗体を造り出すことになります。

ウィルスの側に種類が多いため、ヒトの側の免疫系が対応しきれないことになってしまいます。多くの人々は年齢と共にさまざまの抗体を造ることで、感染しなくなって元気でいられることになります。

今回の新型インフルはもともとは豚に感染するウィルスでしたが、ウィルス表面の分子の変化から豚に感染することをやめてヒト細胞に感染するように変異したということになります。

ですから、新型インフルは人類にとってはじめての体験(いわゆる処女抗原刺激)ということになります。ですから、現段階の人類には抗体産生ができないと推察するわけです。

しかし、前述のように今回の感染者には老人が大変少ないということは、今までに感染したヒト型のインフルエンザウィルスと共通した抗原性が新型インフルにあるのかもしれないという推察が成り立ちそうです。

新型インフルの表面分子と似た分子を使ってワクチンを作成しようという試みが緊急の課題になっているのは、以上のような背景があるからです。

ワクチンについては医学史的に十分に説明したく考えており、別の機会に改めます。今回はいくつかの点について触れておきます。どなたも経験があると思います種痘は天然痘ウィルスのワクチンです。

イギリスのジェンナーがヒトの天然痘感染予防に牛の天然痘ウィルス(牛痘)を用いたのです。牛痘ウィルスはワクチニアと呼ばれています。その名前からワクチンという言葉となりました。

このように似たもの同士でヒトに抗体を造らせることで、感染予防するということがワクチン療法ということになりました。ジェンナーのおかげで、地球から天然痘が撲滅されて久しいことになります。

もうひとり重要な科学者がいます。それはフランスの化学者、病理学者、細菌学者であったパストゥールです。ヒトをふくめ動物は”二度は感染しない”(二度なし)という免疫学的事実を唱えました。

これは免疫という言葉そのものといえるものです。この漢字の順序を変えてみて下さい。「疫病をのがれる(免ぜられる)」となりましょう。
次回から免疫現象についていくつかの章に分けて解説していきましょう。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

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