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ドクターから健康アドバイス

病理医からみた一人ひとりのがん戦略

掲載21

頭頚部がん(2)

顔面から頚部にかけての構造は、申すまでもなく、空気や食べ物と密接にかかわる場所です。つまり外界からさまざまな異物が入ってきて気道系や食道をはじめとするからだのなかにできたトンネルのような管の中に影響が及びます。

そればかりでなく、顔面には声の共鳴箱のような副鼻腔があります。上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞といわれる出口のある空間です。これらのトンネルや凹みの内壁は上皮細胞という覆いの細胞があり、真のからだの内側を保護しています。

繊毛円柱上皮

ところで、上記の各洞や気管、気管支の気道の内壁細胞は繊毛という細かい毛を持っています(多列繊毛円柱上皮)。この繊毛は大変すばらしい働きがあり、必ず出口に向かって「タナビク」ような運動します。この動きを拡大してみると、ちょうど昨今の季節の原風景である金色に輝く稲穂のように風に吹かれて「タナビク」ようにです。

こうして、この繊毛は洞や気道にたまっているゴミ、ほこり、細菌やカビなどの微生物をごく少量の分泌物や粘液に埋めて口の方向へ運び出して、いわゆる痰になって排出されるわけです。

この驚くべき運動によって、私たちはさまざまな感染症から守られています。ちなみに、この繊毛の動きをつかさどるタンパク質の遺伝子異常で起こる病気に、カルタゲナー症候群という厄介な病気があり、感染症で大変苦しむことになります。

これらのいわば繊細な細胞たちは、外界からの空気の中の成分に敏感です。たとえば、細胞を培養する装置で実験してみると繊毛の動きはタバコの煙成分を溶かして加えるとストップしてしまいます。

ヘビースモーカーの気道系の上皮細胞はところどころで、繊毛のない細胞におきかわってしまいます。それを病理学の世界では「扁平上皮化生」といういいかたをします。

これは、口唇や口腔内の上皮、声帯までの咽頭や喉頭の上皮、そして食道の上皮細胞と同じ重層扁平上皮と同じような「ノッペラポウ」の上皮におきかわってしまったことになります。

こうした細胞たちはそのままタバコなどの刺激を受けていますとがん化しやすくなります。したがって、扁平上皮化生はしばしば「前がん状態」あるいは「異型性上皮」といわれる事があります。

扁平上皮がん

口腔粘膜である舌、歯肉やのどの奥の扁桃腺部分、声帯までの喉頭部そして食道粘膜は重層扁平上皮で覆われており、喫煙によるこれらの部位の発がんはほとんどが扁平上皮がんです。

上記の扁平上皮化生をした部分からも扁平上皮がんがおこりやすいことになりますので、このがんは頭頚部がんとして最も頻度の高いがんといいうると考えます。そして、重要なことは原因の大部分は喫煙と深くかかわっています。

喉頭がんや食道がんではそのほかにウィスキーや焼酎のような度数の高いアルコールをストレート飲みの飲酒歴が深くかかわっています。これらのアルコールは上皮細胞に対して化学的に傷つけやすく、ビランを生じ、炎症を伴うことになりします。傷に対して上皮細胞は再生してからだを守ろうとしています。

この経過は細胞の増殖を促すことになり、これを繰り返しているうちにDNAのランダムな傷の蓄積が細胞増殖遺伝子異常や細胞増殖抑制遺伝子、異常あるいはアポトーシス(プログラムされた細胞死)に関連する遺伝子の異常に発展すると、後戻りできないがん化への階段をかけ上っていくことになります。

カラオケのし過ぎと声帯のがん?

蛇足ですが、カラオケのし過ぎで声がハスキーにしゃがれて心配する方がおります。しゃがれ声は声帯にできた「謡人結節」というコブのようなもので起ります。

このことばから一般の方々は何をイメージされるでしょうか。現在では死語のようなこんな医学用語が使われているのです。かっての日本の医学用語はドイツ語直訳のような言葉が多く、これはその典型かもしれません。

ドイツ語のSaenger-knotenを訳すと、「歌手の結び目」となります。これは声帯の上皮が増えたりしますが、悪性になることはほとんどありません。上皮の下がむくんだり、血管がふくれたりすることで声変わりする結果です。ただし、煙草の煙モーモーという環境で大酒飲んで歌いまくればどのような結果になるか、賢明なる読者は結末をイメージできることでしょう。

生活習慣病と発がん研究

上記の「前がん状態」あるいは「異型性上皮」のような状態の人々について、さまざまな食べ物由来のサプリメントで経過観察する研究報告が行われるようになっています。こうした研究の仕方を「介入症例研究」といわれています。

カロテンなどのビタミンAあるいは抗酸化作用の強いビタミンEやC、ニンニク、カレーの材料であるクルクミンやターメリック、不飽和脂肪酸などの有効性に関する臨床研究は枚挙に暇ありません。

研究の仕方に、コホート(前向き)症例調査という方法もあります。これは実施がかなり難しい方法で、前がん病変のある二つのグループをスタートとして実験群と対照群とで服用するものの効果を将来に向かって調査するものです。

一度有意に結果が出ますと、大変インパクトがあると評価されます。副作用の出現で中断するようなこともあり、研究プロジェクト自体にかなりリスクがあります。ひとことでいうと、命がけのプロジェクトといえないこともありませんが、結果がよければ「ハイリターン」ということになりましょう。

こうした人為的な調査研究とは異なり、いくつかの国々の文化的なちがいによる疫学調査が医学的な情報として重要な意義のあることがあります。インドから東南アジア、南太平洋にかけて民衆に支持されている習慣に、ビテル豆を食べることがあります。

これはビンロウという樹の種子でビンロウジといい、精神的賦活剤です。丁度「噛み煙草」のようなものです。この地域には口腔がんの頻度が大変高いのです。この豆を食べることで、口腔粘膜に長年の慢性炎症をひきおこすとされています。(この項の文献は下記します)

これも、上皮細胞障害、炎症反応、再生、DNAのランダムな傷の積み重ねが、細胞増殖遺伝子の異常、細胞増殖抑制遺伝子の異常、アポトーシス関連遺伝子の異常に発展して、発がんへとつながるものと考えます。

ある地域の文化と発がん要因の研究はきわめて有効な手段です。このような因果関係はわかっているものの、専門家による知識の普及が十分に行き届かないと、国民的な生活習慣は変えることはできません。いわゆるリテラシーの浸透ということの難しさが、この地域にもあてはまります。

こうした民族間の発がん傾向の調査として有名なのは、胃がんや大腸がんあるいは前立腺がんの日本、ハワイの日系二世、米国白人の罹患頻度差の結果です。これらについてはすでに、関連する各章で述べてきました。ほとんどすべては、生活習慣と深くかかわっているのであり、日本人には胃がんになりやすさという遺伝子異常はなかったのです。

ふたたび頭頚部がんに話を戻しますと、舌がんと虫歯や八重歯とのこすれの関係やパイプタバコと歯肉の慢性刺激部位の発がんとの関係は大変密接です。扁平上皮がん発生の前がん病変として「白板症」という表現があります。

こうしてがん化していくわけで、皆様には既に上記の発がん機序が類推できるわけです。このように生活習慣病と頭頚部がんも深くかかわっていることがおわかりでしょう。

おわりに

頭頚部には、そのほかに甲状腺、副甲状腺、左右に三つの大きな唾液腺などがあり、どれも小柄でありながら重要な臓器があり、それらからもがんはまれに起ります。これらのがんは前述の扁平上皮がんというものとは異なります。

顔面を構成しているものは当然に骨組織や軟骨組織もありますので、これからおこる肉腫というものもごくまれに起ってしまいます。かってのベストセラーで吉永小百合さんの主演した「愛と死をみつめて」などは若い女性にできたまれながんの話です。

そして頚部には多数のリンパ節があって、悪性リンパ腫も起りうるでしょう。こうした悪性腫瘍は増加傾向には無く、発がんの原因は必ずしも明らかではありません。これらについて網羅的にお話しすることは筆者の主旨ではありませんので、この辺で筆を置かせて下さい。

長い間、この「がん戦略シリーズ」をお読みいただきまして、心より御礼申し上げます。次の機会では、気分を一新して「炎症、免疫、アレルギー」を中心に、わかりやすく解説したいと準備しております。次回シリーズもどうぞよろしくお願いいたします。

文献:エビデンスに基づくハーブ&サプリメント事典 橋詰直孝監訳 南江堂 2008年

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[1]

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病理医からみた一人ひとりのがん戦略

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・掲載6 環境要因による胃がん予防

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・掲載4 生活習慣病としてのおとなのがん

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・掲載2 現代医学と病理学

・掲載1 はじめに

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