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病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

掲載18

自己とは?非自己とは?(18) 粘膜免疫系リンパ装置と病気②

消化管の蠕動運動

「消化管の内容物の紛れ込み」ということがよく起こるのだろうかという問題から、少し横道に入りましょう。この答えはほとんど「ノー」です。実に驚くべきことに消化管には蠕動運動という動きがあり、内容物を着実に一方向性に運ぶ「しかけ」が備わっています。この動きは「読んで字のごとく」、虫のうごめき運動とよく似ています。消化管では口の側から肛門の側に向って必ず一方向性に蠕動運動が起こるようになっています。この自律的な蠕動運動は消化管のどの部分を取り出しても、同じ方向に蠕動運動します。例えば「入れ歯」を飲み込んでも途中で入れ歯の金属部分が粘膜にひっかからない限り、約1日で肛門から出てくるはずです。もし入れ歯がひっかかった場合には、開腹手術を含めて大変なことになりましょう。

私の経験では、硬い合成樹脂の錠剤の入れ物(約2X2cm)を誤って飲み込んだ患者さんがおりました。合成樹脂のとがった部分が小腸の壁に刺さってしまい、穿孔性腹膜炎になってしまいました。結局、開腹手術でその部分を切除せざるを得ませんでした。また入れ歯(義歯)を飲み込んで、ヒト騒動になることもありましょう。つまり蠕動運動というのは、内容物があればそれを圧迫してこねくるように力を加えて一定方向へ押し出して行くわけです。この運動は内容物の流動物質とガス状物質を分離させる役割もあり、ガス状物質を早めに肛門部まで運んでくれるようになります。植物繊維の豊富な食べ物の場合は、油状ならびに乳状物質に比して、ガス状物質を分離しやすいはずです。

消化管の蠕動運動は平滑筋の自律運動性によるものです。体内では、自律運動性はほかに心筋という横紋筋にも認められます。つまり平滑筋細胞あるいは心筋の横紋筋細胞は1個でも自動的に収縮と弛緩をくりかえします。そして平滑筋集団の動きは、消化管の場合、平滑筋層内に散在している神経叢(自律神経細胞の小集団)のカハール細胞によって調節されています。一方、心臓の場合は有名な刺激伝導系という特殊な心筋細胞が電気的刺激を伝えて、ペースメーカーの役割を演じているわけです。従って、からだの中でこの二種類の筋肉細胞だけが自律運動性を示し、ペースメーカーによって全体的に重要な働きをしていることになります。

いずれにしましても、内容物はその自律的な運動によって誤り無く肛門に向って運ばれていきます。したがって、外科的に腸管をさかさまに縫い付け(縫合)てしまいますと、ご想像の通りで大変なことになってしまいます。しかし、これは医学的には「逆蠕動現象」といいまして、やってみてはじめて事の重大さを体験したという苦い経験があり、その失敗の上に現代医療は成り立っているのです。では盲腸部のような食べ物の休憩所の蠕動運動ならびに虫垂のような盲端部の壁の動きはどのようになっているのでしょうか。この当たり前のようなしくみの全貌は、驚いたことにいまだ十分には解明されていません。 

回盲部

話を元にもどして、回盲部がどうして重要な働きの場なのかについて説明していきます。消化管の内容物は一時的にバウヒン弁の前後でとどまっている必要があるようです。これは動物実験ならびに病理解剖学的な経験からの事実であり、働きについては推測です。

たとえば赤血球のヘモグロビンからの代謝産物であるビリルビンという緑色の胆汁色素は回腸末端部で再吸収されて肝臓にもどっていきます。これは「腸肝循環」というきわめて重要なリサイクル系です。ビリルビンは肝細胞によって水溶性の抱合型になって分泌され、脂っこい食べ物の消化に不可欠な物質です。ビリルビンは一言でいうと、洗剤です。専門用語でいいますと界面活性剤です。消化管内容物の脂っこい食べ物の消化は回腸末端部分で駄目押しされるようです。中性脂肪から分解された脂肪酸類は回盲部分では豊富に産生されます。ここで使われたビリルビンの大部分は再吸収されますが、残りの緑色のビリルビンは大腸で代謝されていき、腸内細菌により黄金色に変わっていきます。もし脂っこい食べ物を食べ続けますと、胆汁が出すぎてしまいます。大量の胆汁に対して大腸での腸内細菌の働きが不足すると、緑色のままの産物が肛門から排出することになります。「毎朝の産物が健康のバロメーターだ」というのはこの故です。

クローン病

回盲部の病気となりますと、原因不明のクローン病が代表格であります。これはまさに限局性回腸炎といわれますように回腸終末部を中心に深い潰瘍を形成する難治性の慢性腸炎です。結核のようにIV型アレルギーの形で肉芽腫を形成した特異性炎の一種です。米国の医師クローンがまとめた疾患群ということでクローン病と呼ばれるようになりました。この限局性の肉芽腫性腸炎は必ずしも回腸終末部だけに好発するわけでないことがわかってきました。小腸ならびに大腸に限局する深い潰瘍形成の肉芽腫性腸炎というものです。後述する潰瘍性大腸炎は、クローン病とは異なって大腸に限局する粘膜表面に広がる潰瘍形成です。

いずれの疾患も欧米人に多く発生する疾患でしたが、近年日本人にも増加傾向です。日本でも、研究結果はこれらの原因として牛豚肉ならびにそれらの脂肪の過剰摂取やストレスとのかかわりを指摘しています。しかし、この病気は下痢や便秘などの消化管症状の共通性から、後述する過敏性大腸症候群の中に含まれており、精密検査によってこれらの病気があぶり出されてきます。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

病理専門医からみた健康戦略シリーズ[2]

・掲載22 自己とは?非自己とは?(22) 粘膜免疫系リンパ装置と病気⑥

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・掲載20 自己とは?非自己とは?(20) 粘膜免疫系リンパ装置と病気④

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