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ドクターから健康アドバイス

病理医からみた一人ひとりのがん戦略

掲載4

生活習慣病としてのおとなのがん

「外からの病気」克服も、「内なる病気」増える

今までのところで、現在の私たち日本人や先進国の人々の健康や寿命が現代医療の進歩によって人類史上まれにみる優良な環境に突入していることがおわかりになったかと思います。といいましても問題は山積しています。

これをまとめますと、次のようになります。細菌やウィルスなどの”外からの病気”はおおむね抑えることができるようになった一方で、生活習慣病やアレルギー、自己免疫疾患などの体質と密接ないわゆる”内なる病気”に悩まされるようになりました。そして、生活習慣病の中におとなのがんが含まれるのです。このようにいいますと、多くの方々は「そんな馬鹿な」とお感じになるのではないかと思います。

今回はこのことについて少しくわしくお話しましょう。これは私がめざす”人間まるごとをまもる”(全人的防御)という精神とむすびついているからです。がんとは、ひとことでいうと「DNAの病気」です。親細胞がふたつの娘細胞になり、四つが八つと細胞が無制限にどんどん増えていくことががんのおこり方です。つまりその親細胞のDNAがおかしくなっていくことがことのはじまりです。私たち大人になったからだでは、片方の娘細胞が消える運命にあります。ですから何十年も同じ顔つきでいられるし、同じ大きさの手足でいられるわけです。

遺伝子DNAの損傷が積もり、10数年かけてがん化

前にも述べましたようにがんの診断は病理医が顕微鏡で細胞を見ながらおこなっています。細胞は正常からがん細胞まで何段階もの顔つきの変化を示します。がん細胞の前段階の顔つきを「異型性」とか「前がん変化」といったりします。つまりがん細胞は一朝一夕におこるのではありません。いいかえると「がんは一日にしてならず」といえます。すべての病気には潜伏期があり、多くのおとなのがんも10数年以上の潜伏期をもっています。

この潜伏期間に何が起こっているかというと、からだのさまざまな場所で毎日細胞たちの中にあるDNAに細かいキズが起きているのです。からだにはそれを直そうとするはたらきがあります。しかしDNAのキズが積もり積もって、細胞を増やしたり消滅させたりする遺伝子にキズがついて細胞は段階的におかしくなっていきます。

たとえば、仕事の関係で日光にあたる機会が長いと皮膚細胞に前がん性の変化がおこり、ゆっくりとがんに進んでいきます。日光のなかの紫外線は皮膚細胞のDNAにキズをつけます。また紫外線によって細胞が壊れると細胞膜にもともとある炎症を起こす物質(アラキドン酸という脂肪酸)が炎症を起こします。炎症の場には白血球が出てきて、それらのつくりだす”悪玉酸素”は細菌などを殺すと同時に自分の細胞のDNAをキズつけるようになります。これと同じようなことがからだのなかのどこでもいつでも起きているのです。がんが起こるということはこれが10数年以上続いていることを意味しています。

このような潜伏期があっておとなのがんが起こるのであれば高齢化社会になるとがん患者が増えるのはあたりまえといえましょう。こうしたことから、一般的に50歳以上をがん年齢といいならわしているわけです。ところで、これは正しい結論でしょうか。よくよく調べていきますと必ずしも正しくありません。

胃がん、子宮頚部がんは減少傾向に

おとなのがんをひとまとめにしてみますと、近年のがん死亡率は増え続けています。日本人の三人に一人はがんで亡くなっています。おとなのがんの内容をみますと、死亡率の増え続けているがん、減っているがん、横ばいのがんとあります。死亡率の減っているがんや横ばいのがんがあることは上の結論が正しくないことを意味します。

減っているがんの第一は老人の胃がんです。胃がんは死亡率も発生率も減っており、これは世界的な傾向です。20世紀前半では米国人男性のがん死亡原因の第一位は胃がんでした。1940年代に米国国立がん研究所の主要な研究テーマは胃がん撲滅でした。米国のがん死亡率は自然に減少し、1960年代をさかいに減り方が明らかになっています。

1960年代に胃がん死亡率の高かった国は日本、チリ、フィンランドでした。これらの国々も減りはじめ、とくにフィンランドは著しく減っていきます。以前、日本人には胃がんになりやすい遺伝子があるのではないかと考えられていました。しかし、いまだにそのような特別な遺伝子は見つかっていません。

胃がん死亡率の減少の誘因としてがん検診の普及がありましょう。しかしがん検診の普及していない国々でも減少傾向であり、他のおもな原因として食べ物があげられます。食品保存剤、ピロリ菌による慢性胃炎、塩分制限、生野菜やビタミンCに注目が集まっています。今までのさまざまな情報から、老人の胃がん撲滅のノウハウはほとんどわかってきたといっても過言ではありません。

減っているがんの第二は子宮頚部がんです。これはウィルス感染やセックスによる局所の慢性炎症がひきがねになっています。子宮頚部がんはがん検診、性教育や衛生知識、局所の清潔などによりがん死亡率の減少がおきています。

がん発症の原因を探り、予防策を立てる

一方、日本をふくむ世界の多くの国々では肺がん死亡率は増えています。一方、米国や英国の男性では減少傾向です。じつは肺がんは昔から人間をおびやかすがんではなかったのです。シガレットタバコが量産されはじめた20世紀初頭までは肺がんは極めてまれながんでした。きざみタバコの時代からシガレットの時代になりタバコのタール吸入量の急増が肺がんの増加のきっかけになったのです。米国や英国の禁煙キャンペーンは男性肺がん死亡率を低下させつつあり、女性はいまだ増加傾向です。米国人男性の喫煙率は約25%であり、日本人男性はいまだ50%程度にとどまっています。

増加傾向のがんは大腸がん、乳がん、前立腺がんなどです。これらは西欧化した食べ物を食べる機会が増えたことと深くかかわっています。このようにおとなのがんの中身を調べていきますと、原因の多くはすでにわかってきています。それらは生活に密接な食べ物や習慣に原因を求めることができます。

こうした原因を分析するとがんの予防対策が立てられることになります。敵を知りおのれを知って、がんの潜伏期を限りなくのばせたらがんにならないですむわけです。つまり生活習慣病であるおとなのがんを避けるための「転ばぬ先の杖」をさがしだすことが大切です。次回はがん予防についてお話しましょう。

プロフィール
遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)氏

浜松医科大学(第一病理)

遠藤 雄三(えんどう ゆうぞう)

昭和44年(1969年)東京大学医学部卒。虎の門病院免疫部長、病理、細菌検査部長兼任後退職。カナダ・マクマスター大学健康科学部病理・分子医学部門客員教授となる。現在、浜松医科大学第一病理非常勤講師、宮崎県都城市医療法人八日会病理顧問、看護学校顧問。免疫学・病理学・分子医学の立場からがん・炎症の研究を進め、現在に至る。

<主な研究課題> 生活習慣病予防にかかわる食物、サプリメント、生活習慣病と公衆衛生、IgA腎症と粘膜免疫とのかかわり、人体病理学、臨床免疫学、実験病理学

バックナンバー

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